2025年11月25日、日本放射線治療品質管理機構(JRTQM)から重要な発表がありました。

「強度変調放射線治療(IMRT)照射計画補助作業研修会」 の開催です。

これは単なる新しい研修会の開設ではありません。日本の放射線治療が長年抱えてきた「常勤医2名問題」に対する、業界全体での取り組みの成果なのです。

今回は、この研修会の背景にある歴史と、放射線治療に携わる技師にとっての意味を詳しく解説します。

1. IMRTとは?なぜ重要なのか

IMRTの基本

IMRT(Intensity-Modulated Radiation Therapy:強度変調放射線治療) は、放射線治療の革新的な照射技術です。

従来の放射線治療(3D-CRT)では、照射野内の放射線強度は均一でした。一方、IMRTは照射野内で放射線の強度を部位ごとに変化させることができます。

IMRTの利点

項目従来法(3D-CRT)IMRT
線量分布均一な照射強弱をつけた照射
腫瘍への集中性限定的非常に高い
正常組織への影響やや多い最小限に抑制
複雑な形状の腫瘍対応困難な場合あり対応可能

IMRTにより、腫瘍に高線量を集中させながら、周囲の正常組織(直腸、膀胱、唾液腺など)への被ばくを大幅に低減できるようになりました。

2. IMRTの保険収載の歴史

日本におけるIMRTの歩み

IMRTは1994年に欧米で臨床応用が開始され、日本では2000年秋頃から臨床導入されました[ 1 ]

当初は北海道大学、札幌医科大学、東北大学、千葉県がんセンター、京都大学、近畿大学、天理よろづ相談所病院のわずか7施設でスタートしました[ 2 ]

これらの先駆施設では、米国の先行施設での見学や研修を通じてIMRTの原理、治療計画、品質管理を学び、十分なリハーサルを積んだ上で慎重に臨床導入しました[ 2 ]

保険収載のタイムライン

出来事
2000年日本で臨床導入開始(7施設)
2006年先進医療として承認[ 1 ]
2008年頭頸部・前立腺・中枢神経腫瘍で保険適用[ 1 ]
2009年上記3部位以外も先進医療として認可
2010年限局性固形悪性腫瘍すべてで保険適用[ 1 ]
2011年IMRT物理技術ガイドライン策定
2024年IMRT臨床的ガイドライン改訂

2008年の診療報酬改定では、IMRTが先進医療から保険に導入され、線量分布図作成の管理料が5000点など、従来の放射線治療の中で最も高い点数が設定されました[ 3 ]

3. 「常勤医2名問題」とは何か

厳格な施設基準

IMRTを保険診療として実施するには、厚生労働省が定める厳しい施設基準を満たす必要があります。

IMRTの主な施設基準[ 4 ]

  • 放射線治療を専ら担当する常勤医師が2名以上(うち1名は5年以上の経験者)
  • 放射線治療専従の診療放射線技師が配置されていること
  • 機器の精度管理・照射計画の検証・照射計画補助作業を担当する者が1名以上
  • IMRT実施に必要な機器(直線加速器、治療計画装置など)を備えていること
  • 年間10例以上のIMRT実施実績

常勤医不足の現実

この「常勤医2名」という要件が、多くの施設でIMRT実施の障壁となっています。

2023年度に実施されたJASTRO高精度部会アンケートでは、衝撃的な結果が報告されました[5]

IMRTが実施できていないと回答した75施設のうち、45施設(60%)が「常勤医が1名であること」を理由に挙げた

つまり、機器はあるのに人員要件を満たせずIMRTが実施できない施設が、全国に多数存在しているのです。

日本の放射線治療利用率の課題

日本では、がん患者に対する放射線治療の提供率が欧米に比べて約半分と言われています[6]

  • アメリカ:約49%(1989-1996年の調査)
  • 日本:約15%(同時期)、近年でも30%未満
  • 欧米全体:50-60%が必要とされている

特に地方や中小規模病院では、放射線治療専門医の確保が困難であり、この格差が生じています。

4. 厚労科研「大西班」の取り組み

研究班の設立

この課題に対応するため、令和3年度(2021年度) より厚生労働科学研究費補助金事業として「放射線療法の提供体制構築に資する研究」(通称:大西班)が開始されました[6]

研究代表者:大西 洋 教授(山梨大学 大学院総合研究部医学域放射線医学講座)

研究の目的[6]

  1. 第3期がん対策推進基本計画に沿った「標準的な放射線療法の提供体制の均てん化」を進める
  2. 高度な放射線療法の都道府県を越えた連携体制の構築
  3. 医学物理士等の必要な人材育成のための方策を提案

研究背景

研究班の報告によると、日本ではがん患者に対する放射線治療の提供率が欧米に比べて約半分であり、また強度変調放射線治療などの高精度照射法の提供率が低いことが指摘されていました[6]

「ますます高齢化の進む日本において、低侵襲ながん治療の理解と十分な提供体制の構築は喫緊の課題である」[6]

5. 治療計画補助者会議での議論

会議の開催

2024年度より、大西班からの委託を受けて「治療計画補助者会議」が開催されました[7]

放射線治療関係団体の代表者を構成員として、治療計画補助業務のあり方について議論が重ねられました。

明らかになった課題

大西班のアンケート調査により、以下の重要な課題が明らかになりました[7]

「治療計画実務に関する教育機会が少ない」

IMRTの治療計画は、従来の放射線治療とは考え方が大きく異なります。逆方向治療計画(インバースプラン)の立案には、専門的な知識と経験が必要ですが、体系的な教育機会が不足していたのです。

会議の終了と成果の引き継ぎ

2025年5月19日に開催された第7回治療計画補助者会議をもって、本会議はその役割を終了しました[7]

重要ポイント:「治療計画補助者」という新たな資格認定は行わない[7]

これまでの成果は、以下の3つのテーマに分けて関連団体へ引き継がれます[7]

テーマ引き継ぎ先
IMRT施設要件に関する医療技術評価提案書JASTRO健保委員会
技術職資格の整理・統合JASTRO全体
治療計画補助研修のあり方・継続運用JRTQM理事会

6. REMOTE-IMRT trial:遠隔支援の実証実験

新たな解決策:遠隔放射線治療計画

常勤医1名施設でもIMRTを実施できるようにするため、「遠隔放射線治療計画」という新たなアプローチが検討されています。

安全なネットワーク回線を利用し、遠隔地から放射線治療計画を支援する技術です。

REMOTE-IMRT trialの概要

令和5〜7年度厚労科研大西班の分担研究班により、「REMOTE-IMRT trial」という実証実験が実施されています[8]

目的:放射線治療部門に専従の常勤医が1名のみの施設においても、以下の方法によりIMRT治療計画が臨床的に問題なく実施できるかを検証する[8]

  • 施設間の遠隔支援の利用
  • 医師以外の治療計画補助者の関与

期待される効果

JASTRO高精度部会アンケートでは、遠隔放射線治療計画技術による計画支援を活用したいと回答した施設が18施設ありました[5]

遠隔支援により少なくとも18施設で新たにIMRTが実施可能になり、年間約1,800人の患者さんに新たにIMRTを提供できる[5]

という試算が示されています。

7. 2025年度IMRT治療計画補助研修会の詳細

研修会の概要

2025年11月25日、JRTQMより「2025年度 強度変調放射線治療照射計画補助作業研修会 実施概要」が公開されました[9]

項目内容
主催一般社団法人 日本放射線治療品質管理機構
形式e-learningシステム
受付期間2026年2月1日(日)〜 3月31日(火)
受講可能期間2026年2月1日(日)〜 5月24日(日)
受講料22,000円(税込)
修了条件全動画受講 + 確認問題全問正解

研修内容[9]

研修は以下の構成で提供されます

  • 動画数:23動画(20テーマ)
  • 総時間:約689分(約11.5時間)
  • スライド数:944枚
  • 確認問題:100問

カリキュラム詳細[9]

部位別テーマ

動画番号テーマ講師時間
1頭部宇藤 恵32分
2頭頸部安田 耕一22分
3胸部小宮山 貴史/川村 麻里子17分
4腹部梅澤 玲24分
5骨盤部室伏 景子/安藤 謙24分

実務テーマ

動画番号テーマ講師時間
6-7患者固定と前処置太田 誠一67分
8-9治療計画等CT画像鈴木 秀和56分
10CT以外の画像篠田 和哉24分
11画像登録と画像融合佐々木 幹治25分
12マージン設定川守田 龍45分
13仮想寝台と固定具上本 賢司36分
14メタルアーチファクト大平 新吾32分
15線量処方と線量制約棚邊 哲史36分
16最適化計算宇都宮 悟60分
17ダミー輪郭新井 雄24分
18ビーム配置水野 統文28分
19-20線量計算設定黒岡 将彦48分
21治療計画の評価と確認岡本 裕之28分
22治療計画の保存新保 宗史24分
23データ転送木藤 哲史37分

単位認定[9]

研修修了者には、以下の単位認定が予定されています

認定機構単位
日本放射線治療専門放射線技師認定機構申請中
医学物理士認定機構10単位(カテゴリーD2)
日本放射線治療品質管理機構1単位(カテゴリー2)

注意事項[9]

  • 入金確認され次第受講可能となるため、受講キャンセルはできません
  • 期間中は24時間受講可能(同時聴講人数には制限あり)
  • 修了証はウェブサイト上からダウンロード
  • 申込方法は2026年1月下旬にJRTQMウェブサイトで案内予定

8. 放射線治療に関わる資格制度の整理

主な資格の概要

放射線治療分野には複数の資格制度があり、それぞれ役割が異なります。

放射線治療専門放射線技師

  • 認定機構:日本放射線治療専門放射線技師認定機構
  • 役割:患者に標準的な放射線治療技術を提供
  • 認定者数:約2,500名[10]

医学物理士

  • 認定機構:医学物理士認定機構
  • 役割:放射線医学における物理的・技術的課題の解決
  • 特徴:放射線計測、治療計画立案、品質管理など

放射線治療品質管理士

  • 認定機構:日本放射線治療品質管理機構(JRTQM)
  • 役割:放射線治療機器やシステムの品質管理・品質保証
  • 認定者数:1,314名(2020年4月時点)[11]

治療専門医学物理士

  • 認定機構:医学物理士認定機構
  • 役割:放射線治療に特化した高度な物理業務

JRTQMの組織強化

2024年12月、放射線治療品質管理機構は法人化により「一般社団法人 日本放射線治療品質管理機構」となりました[12]

参画団体も拡大し、現在は以下の8学会・団体が運営に参加しています[12]

  1. 日本放射線腫瘍学会
  2. 日本医学放射線学会
  3. 日本医学物理学会
  4. 日本放射線技術学会
  5. 日本診療放射線技師会
  6. 日本医学物理士会
  7. 医学物理士認定機構(2025年〜)
  8. 日本放射線治療専門放射線技師認定機構(2025年〜)

9. 今後の展望と技師への影響

「治療計画補助者」という資格は作らない

今回の取り組みで重要なポイントは、新たな資格を作らないという方針です[7]

治療計画補助者会議での合意により、既存の資格保有者(放射線治療専門放射線技師、医学物理士、放射線治療品質管理士など)への実践的な研修という形で人材育成を進めることになりました。

教育コンテンツの位置づけ

今回のe-learning研修は、以下の位置づけです[7]

「今までIMRTなど高精度治療計画の研修機会が少なかった方でも、治療計画実務を適切に施行できる基礎知識の習得」

つまり、IMRTの治療計画補助業務に携わりたい技師にとって、まさに待望の教育機会と言えます。

施設基準への影響は?

現時点では、この研修修了が直ちにIMRTの施設基準緩和につながるわけではありません。

しかし、JASTRO健保委員会で「IMRT施設要件に関する医療技術評価提案書」が検討されており[7]、将来的に施設基準の見直しにつながる可能性があります。

遠隔支援との組み合わせ

REMOTE-IMRT trialの結果次第では、以下のような未来が期待されます

  • 常勤医1名施設でも、遠隔支援 + 研修修了技師によるIMRT実施
  • 地域格差の解消
  • より多くの患者がIMRTの恩恵を受けられる

10. まとめ

この研修会の歴史的意義

今回のIMRT治療計画補助研修会は、単なる新規講習会ではありません。

約20年にわたる日本のIMRT普及の歴史と、放射線治療専門医不足という構造的課題に対する、業界全体の取り組みの成果なのです。

受講を検討すべき方

以下に該当する方は、ぜひ受講を検討してください

  • 放射線治療に従事している診療放射線技師
  • 放射線治療専門放射線技師の認定を目指している方
  • 医学物理士の認定を目指している方
  • IMRTの治療計画業務に携わりたい方
  • 将来的に放射線治療分野でキャリアアップしたい方

研修会の詳細

項目内容
受講料22,000円(税込)
受付期間2026年2月1日〜3月31日
受講期間2026年2月1日〜5月24日
形式e-learning(24時間受講可能)
取得単位医学物理士10単位、JRTQM1単位

最新情報の確認先

詳細は日本放射線治療品質管理機構の公式サイトをご確認ください。

公式サイトhttps://www.qcrt.org/

引用・参考文献

[ 1 ] JASTRO. IMRT臨床的ガイドライン2024. 2024年4月改訂. https://www.jastro.or.jp/medicalpersonnel/guideline/jastro/20240717.pdf

[ 2 ] JASTRO. 強度変調放射線治療における物理・技術的ガイドライン2011. 2011年4月. https://www.jastro.or.jp/customer/guideline/2016/10/IMRT2011.pdf

[ 3 ] 日経メディカル. 2008年度の診療報酬改定、癌関連では、IMRTが保険導入. 2008年2月22日. https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/search/cancer/news/200802/505517.html

[ 4 ] ナレティ. 強度変調放射線治療(IMRT)の施設基準等 – 令和6年度診療報酬改定. 2024年6月. https://knowlety.jp/ika/r6-ts13-2_3/

[5] オンコロ. 放射線治療の均てん化を目指した遠隔技術の利用. 2024年12月18日. https://oncolo.jp/news/jastro2024_remote_imrt

[6] 厚生労働科学研究成果データベース. 放射線療法の提供体制構築に資する研究. 令和3年度. https://mhlw-grants.niph.go.jp/project/156499

[7] JRTQM. 放射線治療計画補助研修委員会の設立と教育コンテンツについて. 2025年11月25日. https://www.qcrt.org/common/pdf/rt_committee_and_content.pdf

[8] JASTRO. 令和5年度-7年度厚労科研大西班 分担研究班実証実験【REMOTE-IMRT trial】へのご協力のお願い. 2024年10月. https://www.jastro.or.jp/medicalpersonnel/news/2024/10/20241023.html

[9] JRTQM. 2025年度 強度変調放射線治療照射計画補助作業研修会 実施概要. 2025年11月25日. https://www.qcrt.org/common/pdf/2025_imrt_overview.pdf

[10] JRTQM. 放射線治療における品質マネジメント(提言2). 2021年7月. https://www.qcrt.org/common/pdf/teigen2.pdf

[11] JRTQM. 放射線治療品質管理機構とは. https://www.qcrt.org/kikou/about

[12] RTT. 放射線治療専門放射線技師認定機構. https://www.radiation-therapy.jp/index.shtml

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この記事は2025年11月時点の情報に基づいています。最新情報は各団体の公式サイトをご確認ください。

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